シーボルト記念館は、シーボルト宅跡のすぐ脇に建てられた記念館で、表通りからだいぶ奥まっているので、意外にひっそりとしてました。
しかしいざ中に入ると、当時シーボルトが日本にどれだけの愛情を注いだか、今にも伝わってきそうな内容で、非常に見応えがあると思います。出島跡もこの記念館を見たあとにいくと、また感慨が深まると思います。
左はシーボルト宅跡にあるシーボルト像
日本特有の木本、紫陽花は、シーボルトによって学名を「オタクサ」(綴りは調査中)と名付けられました。これはシーボルトの妻の「滝」が「お滝さん」と呼ばれているのを、ドイツ人のシーボルトが「おたくさ」と聞き取り呼んでいたことによるのだそうです。このため紫陽花のことを長崎では「おたくさんばな」とも呼ぶそうです。
右はシーボルト宅跡にあった紫陽花。訪れたのが真夏なので、ほとんど咲いてませんでしたが、季節には多くの花でにぎわいそうでした。