トウカイテイオーは直接このシリーズに関係する馬ではありませんが、コンサートトークでさださんが話しているのを耳にしました。
さださんがタカイサミのことを取材しているとき、この馬に騎乗したという騎手にお話を伺ったそうです。その騎手は騎乗したほとんどの馬のことは覚えておられるそうですが、なぜかタカイサミのことは全く印象になかったとのこと。
「でも馬がかわいそうですから、覚えていないとは紹介しないでください。速くはなかったけど気だての良い馬だったって、そうお願いします−−」その騎手はそう語られたんだそうです。
その騎手が騎手を引退し、後にトウカイテイオーを育てたんだという話。つまり、トウカイテイオーを応援しない訳がないということで。
※ちなみに、私はこのトークを聞いて、この騎手自体がトウカイテイオーの松元省一調教師のことだと思ったのですが、どうもそうではないみたいですね。
松元省一氏の父、松元正雄氏の厩舎にタカイサミが所属していたのかもしれません。当時、省一氏も松元正雄厩舎の調教助手をされてましたから。今度きちんと調べてみたいと思います。

1992年のダービーの入場券より
トウカイテイオーは、日本競馬史上最強馬といわれるシンボリルドルフの産駒です。早くから期待され、期待通り無敗で1991年の皐月賞、ダービーを連勝しました。速い馬というのは脚を悪くするケースも多く、テイオーはその後2度の骨折を含む3度にもわたる長期休養を余儀なくされます。しかし、1992年にジャパンカップを勝利し、さらに1年の休養明けで臨んだ1993年の有馬記念で、奇跡の復活勝利を挙げるなど、名馬としての地位を確立していきました。
しかし翌年みたび骨折をし、引退することになりました。結果的には1993年の有馬記念が最後のレースとなりました。
怪鳥も好きな馬の一頭でした。特に跳びが大きくて走り方の格好いい馬でしたね。最後の有馬記念で、ビワハヤヒデを競り負かすところなんか、今思い出してもゾクゾクします。
その有馬記念の馬券をさださんが当てたのは、セイヤングでもトークでも非常に有名なお話。ちなみにリトルが1994年春にインタビューしたときには「その時のお金で息子に天体望遠鏡を買った」と話されたそうです(実際の言葉は「トウカイテイオーが買っていいって言うから・・・だったかな(^^;)。
1994年の秋、東京競馬場でトウカイテイオーの引退式があったのですが、確かこの時、さださんがプレゼンターで来ていましたよね。そんな記憶があります。